神とは

*長文です。

こんにちは!
「助けている人を助ける」をコンセプトに、心のデトックス、人生のメンテナンス、カウンセリングを展開している「痛み屋」の店主です。助けている人の困りごとを解決していく仕事ととらえています。

これから紹介していく内容は、どこにも出ていないと思います。な!もんで、読み進めていくうちに「同意できない内容だ」と思えばさっさと離脱してください。でも、もし心のどこかに引っかかり「同意できる考えもあるな」と感じるなら我慢して最後までお付き合いください。

ひとつ目は、人は「知りたいという渇望を抱えている」です。砕いた言い方をすればミステリーが好きだ、といえるかもしれません。(実際「心」は大きなミステリーなんです。最後までお付き合い願えるなら「心」に対するミステリー、人間の振る舞いに対する謎はもうすでに無いということが分かるかもしれません。)

テレビでは決定的な瞬間にCMを挟み込むのは常套手段です。「そこ」が見たい、知りたいと盛り上げて(テレビにとっては大切な)CMになります。広告、宣伝やゴシップ紙は「知りたい欲望」を煽る物が多いと思いませんか?映画やアニメ、漫画、舞台などのエンターテイメントも「知りたいという渇望」を利用しているものは多いです。

別の言い方で「人には好奇心がある」と言い換えるとピンと来る人もいるでしょう。今の世の中は、好奇心を満たすもので溢れかえっています。SNS、YouTube、インスタ、ゲーム、ファッションやメイクなどなど。そして人は、好奇心があるがゆえに「痛い目にあう」ということを知るべきなんです。

この辺で本題に入っていきますが、上手く伝わり紹介できるように頑張ります!

大胆に行きます。(これに同意できる人は実際にお会いしたいと思います)それは「ゼロ」の定義です。算数的にゼロは、何も無いと教えられたと思います。少なくとも僕自身はそう、とらえていました。机の上に一つのリンゴがあり、それを誰かがとってしまったら「ゼロ」になる、と習ってきました。算数では「1-1=0」と書き表します。ただし、実際にはリンゴは「空間を移動して」別のところに行っただけなんです。机の上からは、見事になくなりましたがゼロにはなっていません。この有限宇宙で絶対を手にすることは出来ないんです。ここまで、付いてきてますか?

「正しい」「間違っている」について考察したかったので「ゼロ」の話をしてみたした。(ここでいう正しい、間違っているとは、他のなにかと比べて、それはより正しいか、より間違っているかということです。目の前に赤いリンゴが一つあり「これは赤いリンゴだ!」という正しさではありません)

「正しい」「間違っている」という争いは昔から今までずっと続いてきた問題です。夫婦の間で「俺が正しい」「私が正しい」、「お前が間違っている」「あなたが間違っている」、SNS上でも「正しい」「間違っている」という投稿があり炎上騒ぎになることがあります。宗教や国家の間でも「私たちが正しい」「お前たちが間違っている」という争いが絶えません。これを読んでいる『あなた』も絶対に経験しているはずです。「正しい、間違っている」の論争を経験していない人を探すのは大変です!恋愛、失恋や離婚問題でも必ず話題になるはずです。

「うそ」は、ばれた時に相手を傷つける場合やその場を一時的に逃れたいという気持ちで、付いてしまうと後々大変なことになります。

「正しい、間違っている」という問題は解決の糸口さえ見つけられないことも、しばしばあります。(ここまで大風呂敷を広げて、伏線を回収できるんでしょうか!?ひとりツッコミ。)

「正しい」を極限まで突き詰めていくと「絶対に正しい」というところまで行き着きます。100%正しいんです。(先に絶対の獲得は不可能と伝えました)間違いが「完全なゼロ」なんです。100%正しいということは、現実にあり得るんでしょうか?

逆もまた真なりと言いますが「絶対に間違っている」も、100%間違っていることは、現実にあり得るんでしょうか?

答え合わせをするなら…
「誰も正しくありません。誰も間違っていません。そのような絶対は、どこにもありません。でも、視点の違いによる正と誤というものはあります。」つまるところ正義と悪という具合に表現され、子供から大人まで大好きなヒーローやヒロインの物語の竜骨になるものです。正しい、間違っているや正義や悪といった考え方がなければ、小説や映画といったものは成り立たないかもしれません。もしかしたら、愛を叫ぶ歌すらも弱々しく感じるものになることでしょう。

正義から見れば、悪は間違っていなければなりません。では、悪から正義を見たらどうなるでしょう?悪から見た正義は、間違っていなければなりません。正義は、正しいんです。悪もまた、正しいんです。どちらも正しくなければいけません。で…す…が…、ここで視点の違いというものが役に立ちます。正義と悪を「同時に見ることができる視点」です。正義にはまっている一人称や悪の側に立った当事者の視点ではなく、全体を俯瞰して見渡せるような視点です。自分を中心にして広がる同心円を書くと分かりやすいんです。

1、自分自身に関すること
2、自分の家族、子供に関すること
3、自分の属するグループや社会に関すること
4、そして、人間としての種、人類全般に関すること


これらの、1~4に対して、多くを助け、有益なものは「正しい」、1~4に対して、助けより破壊や悪影響の多いものは「間違っている」としたら整理しやすくなると思いませんか?1~4を助け、生活を豊かにしてくれるスマホは「正しい」といえるかもしれません。1だけを見れば、ほんのつかの間有益だと思えるお酒ですが、残りの2~4に悪影響があるのであれば「間違った」ものになるでしょう。(本当は1~8まであります)

「善」とは、1~4において何らかの建設的な生存活動といえます。
「悪」とは、善の反対であり、1~4において建設的である以上に破壊的なものすべてのことです。
約束を守ることは「善」です。嘘をつくことは破壊や裏切り、それで傷つく人が多いい場合は「悪」になるでしょう。

(お会いできて、じっくりと話ができれば理解できるように伝えられると思いますが、文章だけだと少々つらいですね)

これまでのことを踏まえたうえで、私が最近知った重大な「定義」をお伝えします。それは「神」を定義したものです。神です。ビックリ!スピリチュアルや宗教などで「神」をどう定義しているか私は知りません。神を定義していない、また、その反対に位置する悪や悪魔的なものを定義し損ねている組織があるなら問題ありです。私たち痛み屋では、神や宇宙エネルギーは扱いません。人が抱える心の問題を解決するのに必要ないからです。

「神」は善であり、「悪魔」は悪である。善は正しく、悪は間違っている。ぐらいの知識しかありませんでしたが、神の定義として、すごく合点のいくものがあったので共有できたらと思いここに記します。

『「神」の定義とは、悪の不在』です。シンプルすぎるぐらい拍子抜けしませんか?反対に「悪魔」の定義とは、善の不在です。

補足するのであれば「神」とは、積極的な善であり、「悪魔」とは、積極的な悪であるということです。無限なる存在とか、創造主であるとか、ある辞書では神についていくつかある意味の中に「人間の知恵で測り知れない不思議な力がある」という定義もあります。要するに存在そのものがミステリーなんです。辞書自体が神を定義できていないんです。人の知りたい欲求を満たす好奇心の対象なんです。「知りたいという渇望を抱えている人」はその答えを求めてスピリチュアルや宗教の門を叩くのかもしれません。で、周りの人たちに神の定義について聞いてみたことがありますか?

「神」を信じることは悪いことだとは思いませんが、「神は正しい、間違っている」という部分に入り込むと「痛い目にあう」かもしれません。一神教、二神教、多神教といろいろな形態があるのは何故なんでしょう?神の言葉の解釈の違いで争いが絶えないのは何故なんでしょう?

あなたは、生きるために努力しています。死にたくはないですよね?あなたが生きようとする努力は正しい方向を向いているべきなんです。人生での失敗や敗北を経験したくはないでしょう。失敗や敗北は「死」に向かう努力に等しいからです。

「あなたには、上記の1~4において、正しい方向を向いた、どのような努力がありますか?
逆に人生で(自分だけでは解決できそうにない)悩みや問題を引き起こす、生存しないようにするどんな努力がありそうですか?」


(*努力とは、方向づけられた力のことを意味します。この「努力」がなかなか曲者なんですよね。多くの人を幸せにして、助け、全体の成功を考えて努力出来る人は素晴らしいんです。自分だけの幸せ、自分だけの豊かさ、自分だけの成功を目指す努力は…。しかし、誰の中にもあるんですが「なまけ癖」や「優柔不断」「意志の弱さ」。これらは敗北や死に向かう生存しないようにする努力の一部とみなされます。正しい努力、生存しないようにする努力を少しは理解できそうですか?)

私たち、痛み屋は「助けている人を助ける」をコンセプトに、助けている人の困りごとを解決します。特に心が抱える問題、心のリハビリ、デトックスとしてカウンセリングを提供しています。心の問題を解決していくカウンセリングは、この有限宇宙の中でしか結果が出ません。見て、触れて、感じられるもの、存在しているものを通してでないと効果的ではありません。

私(店主)が正しく、私(痛み屋)たちが正しく、他の方法が間違っていると言いたいわけではありません。真に正しい方法であれば、「あなたは良くなれる」「有益な結果を得ることができる」「効果的である」ことをお伝えしたいだけなんです。複雑さへと進むのではなく単純な解決策に向かうべきなんです。この物質宇宙、有限宇宙に存在する生命体は、1つの点を最高位として円錐形に広がりを持ち、データの整合性が取られた科学として説明できるべきです。学問や哲学、論理は、ある一つの考えが出発点になります。あなたが抱える悩みや問題を解決する際、複雑さへと入り込むより、簡潔さへと円錐を上に向かう道をたどるといいでしょう。思考における複雑さへと向かうのではなく、簡潔さへと向かうといいんです。しかし、簡潔さを求めるあまり1錠のクスリをとる、というふうに間違えないでください。信じなさい、祈りなさい、という言葉を使う必要もありません。(詳しくありませんが)宇宙のエネルギーや大地のエネルギーとかオーラなどミステリーの産物を使う必要もありません。

ここまでお付き合いくださり「同意できる考えもあるな」と思っていただけましたか? 物凄い批判や怒りを感じている人がいるかも…。

「同意」出来なくもない、もう少し知りたい!という欲求のある方はコンタクトしてください。時間や場所的に都合がつけばお会いして見たいものです。もちろん、問い合わせフォームやメールでも構いません。

個人情報が気になる方は問い合わせフォームからでも結構ですm(_ _)m

*東京の新宿周辺であれば土日に限り、無料でお会いしています。


では、また。


追加

人の体は、物質で出来ているの?(自分自身という実体とは何か?)
有限宇宙に静止しているものは無い?(すべて、動きに関係しています)
有限宇宙は何もない空間を嫌う?
頭の中、脳みそには3か月分の記憶しか貯蔵できない?
前世は有るの無いの?(前世はいくつあるの?誕生や死を繰り返してる?)
大きな記憶喪失?(思い出せないだけで、すげての記憶は貯蔵されている?)
前世占い、前世診断の「うそ」とは?(感情の状態が低い人は、平気でうそを付く?)
多くの宗教は言葉の伝承や翻訳、編纂に失敗している?


などといった事に興味あるかしら???

自分は結局、何も変わらないと諦めない…ここは「助けている人を助ける」がコンセプトです。

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